長女はアーティスト、次女は冒険家:母は安全管理とベースキャンプ

発達特性のある子どもを育てていると、
愛情が深いからこそ、関わり方に迷う日があります。

「助けたい」
「守りたい」
「この先困らないようにしたい」

そう思えば思うほど、こちらの言葉や行動が前に出てしまって、
結果的にうまくいかないこともある。

今日は、姉妹それぞれに対しての距離感を、少し考え直した日の記録です。
結論を出すためというより、「いまの自分の感覚」をここに置いておきます。

目次

「助けたい」が強すぎると、関係が苦しくなることがある

私はたぶん、行動力があるほうです。
困っていそう、失敗しそう、不安そう。そう見えたら、先回りしたくなる。

でも、先回りって優しさの形をしているのに、
相手からすると「奪われる」になることがある。

特に次女は、

  • 自分で決めたい
  • 自分でやりたい
  • 納得したい

という気持ちが強いタイプに見えます。

だから、つい口に出そうになる

「こうしなさい」

を、少しだけ飲み込んで

「どうしたい?」

を増やしてみようと思いました。

助けるより、見守る。
言葉で言うほど簡単じゃないけれど、
まずは少しだけ。

問題行動の奥を見る、という視点

暴言、反発、癇癪。
行動だけを見ると、こちらが傷ついたり、疲れたりします。

でも、発達特性のある子は、
大人から見ると理不尽に見える場面でも、本人の中では理由があることが多い。

だから最近は、反応が出たときに
「止める」や「直す」より先に

「何に困っているんだろう」

を探したいと思っています。

もちろん、毎回できるわけじゃない。
こちらの余裕がないときは、まず安全だけ確保して終わる日もあります。
それでも、視点だけは持っていたい。

特別扱いではなく「特別な時間」

ここは、私の中で大事にしたいところです。

大好きだから、守りたいから、
つい「特別扱い」になってしまうことがある。

でも、特別扱いは本人にも姉妹関係にも負担になることがあります。

代わりに、短くてもいいから「特別な時間」を作る。

  • 10分の散歩
  • コンビニに一緒に行く
  • アイスを食べる
  • ただ同じ部屋で静かに過ごす

「ママを独占できる時間」が、本人の安心につながることがある。

そして、本人がいちばん欲しいのは
愛情そのものというより

「ママは離れない」

という安心感なのかもしれない、と最近思います。

叱った日も、荒れた日も、寝る前に

「今日も大好きだよ」
「味方だよ」

を、短くでも置いておく。
それだけでいい日もある。

「好きすぎる」ことで、私の心が揺れることもある

少しだけ、自分のことも書きます。

私は次女が好きすぎるからこそ、
次女の機嫌で自分の気持ちまで揺れてしまうことがあります。

  • 笑う → 幸せ
  • 荒れる → 苦しい

この結びつきが強いと、
私の心の安定が、相手の状態に引っ張られる。

だから必要なのは、

「大好きだけど、私は私」

という境界線だと思っています。

子どもに合わせて上下するのではなく、
自分の足元を残す。
それが、長く良い関係でいるための土台になる気がします。

長女に対しては、ずっと戸惑いがあった

一方で、長女に対しては、関わり方に迷いがありました。
それは今に始まったことではなく、幼い頃から続いている感覚です。

長女には良いところがたくさんあります。

  • ダンスが得意
  • 歌が上手
  • デザインが好き
  • 気遣いができる

感性が豊かで、表現の力がある。

でも同時に、言葉が鋭いときがある。
ネガティブな表現が上手で、こちらの心が揺れます。

「本心なの?」
「どこまで本当?」
「どう受け取ればいい?」

そうやって、私はずっと頭で理解しようとしてきたのかもしれません。

言葉を真に受けすぎない、という練習

長女の言葉が刺さるのは、
こちらが「事実」として受け取ってしまうからかもしれない。

でも、長女の言葉は
事実というより「感情」を表現している場合がある。

  • 「どうせ私なんて」= 今すごく苦しい
  • 「もう無理」= 助けてほしい
  • 「ママ嫌い」= 近づきたいのにうまく言えない

そう思うと、少しだけ距離が取れる。

解決策を探すより、
共感を置くほうが効くときがある。

  • 「そう思ったんだね」
  • 「しんどかったね」
  • 「そう感じるのも無理ないね」

これは、私の練習です。

長女との目標を変える:「家を安全基地にする」

親はつい、

「学校へ行けるように」
「将来困らないように」

を目標にしてしまいます。

でも、いま必要なのはそこじゃないのかもしれない。

長女との目標は、
まず「家が安全基地になること」。

評価より、観察。
説教より、通路。

「今日はどんな歌聴いたの?」
「最近どんなデザインが好き?」

そこからつながる日もある。

たとえ話がしっくりきた:アーティストと冒険家

最近、自分の中でしっくりきたたとえがあります。

長女は、アーティスト。
気難しい天才肌の表現者。

私は、マネージャーというより
「安全管理担当」に近いのかもしれない。

作品を評価するのではなく、
安心して活動できる環境を整える。

「どうしてできないの?」ではなく
「今は何が邪魔になっているんだろう?」
という視点で見る。

一方で次女は、冒険家。
行きたい、やりたい、試したい、失敗したい。

だから私は、ガイド兼ベースキャンプ。

「危ないから行かないで」ではなく
「行っておいで、困ったら戻っておいで」
と言える基地でいたい。

育てるより、観察する

いま私がいちばん大事にしたいのは、

「育てる」より
「この子はどんな大人になるんだろう」と観察することです。

無理に形を整えるより、
「この子らしさを残したまま社会とつながる方法」を一緒に探す。

そのほうが、私の愛情も押し付けになりにくい気がします。

まとめ:私の役割を置き直す

長女には、安心して表現できる環境を。
次女には、戻ってこられる基地を。

そして私は、
子どもの機嫌で自分の心が揺れすぎないように、境界線を持つ。

全部うまくできなくていい。
でも、方向だけはここに置いておく。

今日は、この記録をここに置いておきます。

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