昔の私は、とにかく嫌われたくなかった。
学校にも。
支援者にも。
職場にも。
「大丈夫です」
「私がやります」
「すみません」
そんな言葉をたくさん使っていた気がする。
本当は大丈夫じゃなくても。
本当は困っていても。
本当は助けてほしくても。
そうやって頑張れば、きっと分かってもらえると思っていた。
だけど現実は少し違った。
頑張るだけでは伝わらない
どれだけ頑張っていても、言葉にしなければ相手には伝わらない。
むしろ「大丈夫そうに見える」と思われてしまうこともある。
私はずっと、自分の我慢や努力を誰かが気づいてくれることを期待していた。
でも、本当に必要だったのは我慢ではなく「伝えること」だった。
頑張っている人ほど、見えないところで無理をしていることがある。
そして、その無理は言葉にしなければ誰にも伝わらない。
私は「頑張っているんだから分かってほしい」とどこかで期待していた。
でも、相手には相手の事情や立場がある。
だからこそ、自分の状況や気持ちは自分で伝える必要があった。
頑張っていることと、理解してもらえることは必ずしも同じではなかった。
こちらが何も言わなければ、相手には伝わらない。
苦しいことも、困っていることも、限界が近いことも。
当たり前だけれど、誰かが察してくれるとは限らないのだ。
発達障害の子どもを育てていると、普通に生活しているだけで想定外のことがたくさん起こる。
学校へ行けなくなった日。
支援級の先生とのやり取りに悩んだ日。
児童相談所や病院、放課後等デイサービスと連絡を取り続けた日。
仕事をしながら、役所の手続きをした日。
離婚の準備を進めながら、子どもたちの不安を受け止めた日。
そのたびに私は「いい親でいなきゃ」「ちゃんとした大人でいなきゃ」と思っていた。
でも、頑張れば頑張るほど苦しくなった。
周りに迷惑をかけないように。
できるだけ波風を立てないように。
感情的にならないように。
そんなことばかり考えていた。
だけど、子どものことになると、どうしても譲れない場面が出てくる。
支援の内容に疑問を感じることもある。
説明が足りないと感じることもある。
制度の壁にぶつかることもある。
そんな時、本当は聞きたいことがあるのに飲み込んでしまう。
本当は困っているのに「大丈夫です」と言ってしまう。
その積み重ねが、自分自身をどんどん追い詰めていた。
「ちょっとめんどくさい人」になってみる
ある時から少しずつ考え方が変わった。
「それは難しいです」
「説明してください」
「納得できません」
「今は対応できません」
そう言うようになった。
最初は怖かった。
わがままだと思われるんじゃないか。
面倒な親だと思われるんじゃないか。
クレーマーだと思われるんじゃないか。
そんな不安もあった。
でも不思議なことに、自分を守る言葉を使えるようになってから、少しずつ生きやすくなった。
むしろ、きちんと伝えた方が話が進むことも多かった。
相手も人間だから、こちらの状況を知らなければ配慮しようがない。
「困っています」
「助けてください」
「もう少し詳しく教えてください」
そんな言葉を使うことは、弱さではなかった。
必要な情報を伝えることだった。
そして、自分の気持ちを言葉にすることだった。
境界線は、わがままじゃない
みんなに好かれる必要はない。
みんなに理解される必要もない。
子どもたちを守るために。
自分自身が壊れないために。
必要なことは必要だと言う。
違うと思ったら確認する。
助けてほしい時は助けてと言う。
それは決してわがままじゃない。
生きていくための大切な境界線だった。
境界線がないと、人はどこまでも無理をしてしまう。
頼まれたことを断れない。
嫌なことを我慢してしまう。
本当は限界なのに頑張り続けてしまう。
私自身、そうやって何度も疲れ切ってきた。
だから今は、自分の心と体を守ることも大切な責任だと思っている。
親だからこそ。
支える側だからこそ。
まず自分が倒れないことが大事なのだ。
考えるより行動
そしてもう一つ。
最近よく思うことがある。
それは、
「考えるより行動」
ということ。
もちろん不安はある。
失敗も怖い。
でも私の人生を振り返ると、考えているだけで変われたことはほとんどなかった。
離婚もそう。
ブログもそう。
仕事もそう。
子どもたちの支援もそう。
最初から自信があったわけじゃない。
覚悟が決まっていたわけでもない。
ただ、その時できる小さな一歩を積み重ねてきただけだった。
実際には、行動する前はいつも不安だった。
失敗したらどうしよう。
断られたらどうしよう。
うまくいかなかったらどうしよう。
そんなことばかり考えていた。
でも、やってみなければ分からないことの方が圧倒的に多かった。
頭の中で想像していた不安は、現実になると意外と小さかったりする。
もちろん全部がうまくいくわけではない。
失敗することもある。
思った結果にならないこともある。
それでも、何もしないまま後悔するよりはずっと良かった。
小さな行動の先で「意外と大丈夫」が増える
相談してみる。
電話してみる。
書類を出してみる。
記事を書いてみる。
会いに行ってみる。
その小さな行動の先で、
「あれ?意外と大丈夫だった」
が少しずつ増えていった。
そして気づけば、以前とは違う景色が見えるようになっていた。
一歩踏み出したから出会えた人がいる。
行動したから知れた制度がある。
勇気を出して話したから受けられた支援もある。
人生は大きな決断だけで変わるわけじゃない。
小さな行動の積み重ねで少しずつ変わっていく。
だからこそ、今日できることを一つやってみる。
それだけでも十分意味があると思う。
変わったから行動できたんじゃない。行動したから変わった。
今はそう思う。
だから今日も完璧じゃなくていい。
全部うまくできなくてもいい。
少しだけ前へ進めたなら、それで十分。
誰かに理解されない日があってもいい。
思ったような反応が返ってこなくてもいい。
大切なのは、自分の気持ちを置き去りにしないこと。
自分の人生を、自分で選んでいくこと。
たとえ誰かに「ちょっとめんどくさい人」と思われたとしても。
必要なことを伝えられる人でいたい。
助けを求められる人でいたい。
そして、子どもたちにも「自分を大切にしていいんだよ」と伝えられる親でいたい。
自分を守りながら、自分の人生を生きていきたいと思う。