フラッシュバックが減ってきた理由を考える:心と体を、少しずつ整え直している

最近、フラッシュバックが起きにくくなりました。
罪悪感で落ち込むことも、以前より少なくなってきた気がします。

「なんでだろう」と考えたとき、ひとつだけの理由ではない気がしています。

考え方が変わったこと。
体を整えるようになったこと。
睡眠を大事にするようになったこと。
たんぱく質を意識して摂るようになったこと。
筋トレや散歩など、体を動かすようになったこと。

そういう小さな積み重ねが、心の土台を少しずつ安定させてくれているのかもしれません。

今日は「回復してきた理由」を断定せずに、静かに言葉にしてみます。

目次

「問題」と「自分そのもの」を切り分ける

以前の私は、何か問題が起きるとすぐに、

「私が悪いのかな」
「私のせいなのかな」
「私という人間がだめなのかな」

と、自分そのものに結びつけて考えてしまうことがありました。

でも最近は、少しずつ、

問題は問題。
自分そのものとは別。

と考えられるようになってきました。

これは私にとって、とても大きい変化です。

問題を自分そのものにしてしまうと、逃げ場がなくなります。
でも、問題を「課題」として切り分けることができると、

「では、何ができるか」
「誰に相談するか」
「どこまでが私の責任か」
「どこから先は相手や環境の問題か」

と、具体的に考えられるようになります。

罪悪感に飲み込まれるのではなく、現実を見る力が戻ってくる。
それが、フラッシュバックや落ち込みを減らしてくれているのかもしれません。

体を整えると、心も少し整いやすくなる

心の問題は、心だけで解決しようとすると苦しくなることがあります。

考えすぎる。
答えを出そうとする。
原因を探しすぎる。
自分を責めてしまう。

でも、体を動かすと、頭の中だけでぐるぐるしていたものが、少し外に流れていく感覚があります。

筋トレをする。
散歩をする。
外の空気を吸う。
たんぱく質を意識して摂る。
睡眠を大事にする。

一見すると「普通の生活習慣」だけれど、実は心の安定にもかなり関係している気がします。

心が不安定なときほど、体の土台が崩れやすい。
体の土台が崩れると、心もさらに揺れやすい。

だから今は、

心を整えるために、まず体を整える。

この順番も大事なのだと思います。

散歩は「今ここ」に戻る時間

フラッシュバックは、過去の記憶に心と体が引き戻される感覚に近いと思います。

頭では「もう終わったこと」とわかっていても、体はまだそのときの怖さや苦しさを覚えている。

でも散歩をすると、

足の裏の感覚。
風の冷たさ。
空の色。
木や草の匂い。
呼吸のリズム。

そういうものに意識が向きます。

過去ではなく、今に戻る。
頭の中ではなく、体に戻る。

それだけでも、心は少し安全を感じやすくなるのかもしれません。

ゴールを意識できるようになった

以前は、目の前の問題に追われて、ただ耐えるだけで精一杯だった気がします。

でも最近は、

「私はどこに向かいたいのか」
「何を大事にしたいのか」
「どんな暮らしを作りたいのか」
「子どもたちと、どんな距離感で生きていきたいのか」

というゴールを、少しずつ意識できるようになってきました。

ゴールがあると、今の苦しさが「全部」ではなくなります。

今は途中。
まだ整えている途中。
失敗もある。
揺り戻しもある。
でも、向かう方向はある。

そう思えるだけで、心は少し踏ん張れるようになります。

境界線は、冷たさではなく「自分を守る知恵」

最近、「境界線」という考え方にも関心があります。

日本の文化には、

空気を読む。
察する。
我慢する。
和を乱さない。
相手の気持ちを優先する。

という価値観が強い場面があります。

思いやりや調和は大切です。
でも、その中で自分の境界線が曖昧になると、苦しくなることがあります。

「どこまでが私の責任なのか」
「どこから先は相手の問題なのか」
「私は何を引き受けて、何を断っていいのか」

そういう線引きがないまま生きると、全部を自分のせいにしてしまいやすい。

境界線は、相手を拒絶することではありません。
切り捨てることでもない。

ここまでは私ができる。
ここから先は私だけでは背負えない。

そう決めること。

親だから全部できるわけではない。
母親だから全部受け止められるわけではない。
優しい人だから何でも我慢しなければならないわけでもない。

自分の限界を知ること。
自分の責任範囲を知ること。
自分の心と体を守ること。

それは、長く生きていくための知恵だと思います。

心理的安全性を、自分の中にも作っていく

心理的安全性という言葉も、最近大事だと感じます。
職場や学校だけではなく、家庭にも、自分の心の中にも必要なものだと思います。

失敗しても、すぐに責めない。
できない日があっても、人格否定しない。
落ち込んでも、「まただめだ」と決めつけない。
感情が揺れても、「そう感じる理由がある」と受け止める。

昔の私は、自分の中に厳しい裁判官がいたような気がします。

「もっとちゃんとしなさい」
「母親なんだから」
「また失敗した」
「あなたが悪い」

でも今は、少しずつ、

「よくここまでやってきた」
「全部は無理だったけれど、できたこともある」
「今日は休んでもいい」
「これは私だけの責任ではない」

と、自分に言えるようになってきたのかもしれません。

フラッシュバックが減ったのは、弱くなったからではなく、回復しているから

フラッシュバックが減った。
罪悪感が少なくなった。
落ち込みに飲み込まれにくくなった。

それは、過去を忘れたからではないと思います。

むしろ、過去の出来事と今の自分を、少しずつ分けられるようになってきた。
心だけではなく、体も整えようとしている。
睡眠を大事にしている。
食べて、歩いて、動いて、今の自分の体に戻ってきている。
境界線を学び、自分の責任ではないものまで背負わないようにしている。
心理的安全性を、自分の中にも作ろうとしている。

だから、少しずつ過去に飲み込まれなくなってきた。
これは、強がりではなく、回復のサインだと思います。

今の自分に言葉をかけるなら

今の自分に言葉をかけるなら、こう言いたいです。

私は、過去をなかったことにしているわけではない。
でも、過去にずっと支配されなくてもいい。

問題は問題。
私は私。

できなかったこともある。
でも、やってきたこともある。

心を整えるために、体を整える。
体を整えるために、眠る。食べる。歩く。動く。

自分を守るために、境界線を持っていい。
安心できる場所を、自分の中にも作っていい。

私は少しずつ、過去ではなく、今と未来に戻ってきている。

今日は、この記録をここに置いておきます。

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