制度に助けられながら、制度だけでは救われない日もある

ひとり親になってから、制度を調べることが増えました。

児童扶養手当。
特別児童扶養手当。
医療費助成。
就学援助。
放課後等デイサービス。
相談支援。
障害福祉サービス。
税金の控除。
住民税の判定。

暮らしを立て直すためには、制度を知ることが必要でした。
知らないままだと、使えるはずの支援にたどり着けないことがあるからです。

でも同時に、制度を調べれば調べるほど感じることもあります。

制度は助けになる。
けれど、制度だけで暮らしが救われるわけではない。

今日は、制度の中で生きることと、制度の外で感じることについて、今の自分の記録として書いてみます。

目次

制度を知ることは、生活を守る力になる

離婚後の生活は、想像以上に手続きが多くありました。

役所に行く。
必要書類をそろえる。
申請書を書く。
窓口で確認する。
学校や支援機関にも連絡する。
税金や保険のことも調べる。

その一つひとつが、生活に直結していました。

手当を申請するかどうか。
医療費助成が使えるかどうか。
放課後等デイサービスの負担上限がどうなるか。
住民税の控除が正しく反映されているか。

数千円の差が、月の余白を左右することがあります。
だから、制度を知ることは、きれいごとではなく生活防衛でした。

私はもともと、調べて整理することが好きな方です。
けれど、好きだから調べているというより、調べないと生活が守れないから調べるようになった面もあります。

制度は、自分から動かないと届きにくい

制度は、困っている人のためにあるものです。
でも、困っているからといって、自動的に届くわけではありません。

自分で調べる。
対象になるか確認する。
申請する。
期限を守る。
書類を出す。
必要なら窓口に聞く。

この流れに乗れないと、支援にたどり着けないことがあります。

本当にしんどいときほど、調べる気力がありません。
子どもの不登校や支援調整で頭がいっぱいのときに、制度の要件を読み解くのは簡単ではありません。

生活が混乱している人ほど、制度につながるまでのハードルが高い。
そこに、制度の難しさがあると思います。

申請書には、生活の温度が書けない

制度の書類には、決まった欄があります。

氏名。
住所。
所得。
世帯状況。
診断名。
手帳の有無。
利用しているサービス。
必要な支援。

どれも大切な情報です。
制度を運用するためには、数字や条件が必要なのも分かります。

でも、その欄には書けないことがあります。

朝、子どもが起きられないこと。
玄関で止まってしまうこと。
服の感覚で泣いてしまうこと。
学校からの連絡で、仕事中も心が落ち着かないこと。
夜になってから急に不安が押し寄せること。
親の自分が、静かに限界を感じる瞬間。

制度の中では「利用者」「保護者」「申請者」として扱われます。
でも、実際の暮らしには、もっと細かい温度があります。

その温度をどう伝えるか。
どう言葉にするか。
そこも、親に求められる作業なのだと思います。

制度の中では説明できても、心は追いつかないことがある

私は制度を調べ、申請し、必要な支援につながるように動いてきました。

でも、動けているからといって、心がいつも納得しているわけではありません。

支援を受けることへの罪悪感。
ここまで困っているのだと認める苦しさ。
書類に子どもの困りごとを書き出すつらさ。
「できないこと」を説明し続ける疲れ。

制度を使うためには、困りごとを言葉にする必要があります。
でも親としては、子どもの困りごとだけを書き並べることに痛みを感じることもあります。

この子には良いところもたくさんある。
好きなことも、感性も、優しさもある。
でも制度につながる場面では、「どれくらい困っているか」を説明しなければならない。

その矛盾に、心が疲れる日があります。

制度は外枠になる。でも、毎日を回すのは暮らしの中

制度はとても大事です。
放課後等デイサービスがあるから、親が仕事を続けられる日があります。
相談支援があるから、支援の全体像を一緒に考えられる日があります。
手当や助成があるから、家計の不安が少し軽くなることがあります。

制度は、生活の外枠になります。

でも、その外枠の中で毎日を回すのは、やっぱり家庭です。

朝の声かけ。
食事の準備。
服薬の確認。
学校への連絡。
子どもの表情を見ること。
疲れているのか、怒っているのか、不安なのかを感じ取ること。

制度ではカバーしきれない生活の細部があります。
そして、その細部を拾っているのは、多くの場合、家庭であり、親です。

ここに、制度のありがたさと、制度だけでは足りない現実があります。

制度の外で必要なのは、共感と余白かもしれない

制度の中では、要件や手続きが大切です。
でも、制度の外で人が必要としているのは、共感や余白なのかもしれません。

「それは大変でしたね」
「一人で抱える量ではないですね」
「今すぐ全部決めなくて大丈夫です」
「できていることもありますよ」

そんな言葉に、救われることがあります。

制度は生活を支えます。
でも、人の言葉や関係性が、心を支えることもあります。

どちらも必要です。
制度だけでも足りないし、気持ちだけでも生活は回らない。

だから私は、制度を調べながら、同時に自分の感情も記録しているのだと思います。

制度を使うことは、弱さではなく設計

以前の私は、支援を使うことにどこか抵抗がありました。

もっと自分で頑張るべきなのではないか。
頼るのは甘えなのではないか。
他の人はもっと大変なのではないか。

そんなふうに考えてしまうことがありました。

でも今は、少し違います。

制度を使うことは、弱さではなく設計です。
家庭が崩れないように、外枠を作ること。
子どもが社会とつながり続けるための通路を作ること。
親が働き、生活を維持するための支えを持つこと。

全部を家庭だけで抱える必要はありません。
むしろ、抱えすぎないために制度があるのだと思います。

それでも、制度の外にある孤独は残る

制度につながっても、孤独が完全になくなるわけではありません。

申請が通っても、明日の朝の不安は残ります。
支援先が決まっても、子どもが行けるかどうかはその日にならないと分かりません。
相談先があっても、夜中に一人で考え込む時間はあります。

制度があることと、心が安心することは同じではありません。

だから、制度につながったあとも、親の心のケアは必要です。
自分を責めないこと。
休むこと。
考えすぎたら一度止まること。
一人で抱えているように感じたら、誰かに言葉にしてみること。

制度の中で支えられながら、制度の外で自分を支える。
その両方が必要なのだと思います。

まとめ:制度を知り、暮らしを守り、心も置き去りにしない

制度は必要です。
知らなければ届かない支援があります。
申請しなければ使えない制度があります。

だから、調べること。
聞くこと。
書類を出すこと。
制度につながること。

それは、生活を守る大切な行動です。

でも同時に、制度だけでは拾えない気持ちもあります。

申請書に書けない不安。
説明しきれない疲れ。
支援を受けても残る孤独。
親として決断し続ける重さ。

その気持ちも、なかったことにしなくていい。

制度の中で生きること。
制度の外で感じること。

その両方を言葉にしながら、私はこれからも暮らしを少しずつ整えていきたいです。

今日は、この記録をここに置いておきます。

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