「普通にできない」ことが、こんなにも心を削るんだと感じる日があります。
子どものこと、自分のこと、家庭のこと。周りのペースに合わせようとするほど、息が詰まることもありますよね。
この記事では、わたしが「普通じゃなくていい」と思えた瞬間と、そこから生活が整う方向へ少し戻れた感覚を書きます。
発達障害の姉妹の育児の中で感じたこと、自分自身のこと、そして「普通であることだけが幸せじゃない」と思えた理由も含めてまとめます。
「普通」に合わせようとすると、毎日がテストみたいになる
普通に起きて、普通に学校へ行って、普通に食べて、普通に話して、普通に眠る。
これができれば安心、できなければ不安。いつの間にか、そんな基準で自分たちを見ていました。
発達障害の姉妹の育児をしていると、予定通りにいかない日があるのは当たり前なのに、
「どうしてうちだけ」「もっと頑張らなきゃ」と思ってしまう瞬間があります。
ここで重要なのは、普通に合わせようとする気持ちは、愛情と責任感から来ていることです。
だからこそ、苦しくなるんですよね。
よくある悩み:普通に見えないだけで、否定された気がする
「普通じゃない」と感じる場面は、生活のあちこちにあります。
- 教室のざわざわがつらくて、行きしぶりが出る
- 朝の支度がうまくいかず、家の空気が重くなる
- 偏食や感覚過敏で、食事が戦いになる
- 周りに説明しても、理解されない気がする
- 親である自分まで「普通じゃない」と思ってしまう
わたしも、比べてしまう日がありました。
比べない方がいいと分かっているのに、比べてしまう。
そのたびに、心の中のダメ出しが大きくなっていきました。
「普通じゃなくていい」と思えた瞬間は、意外と小さかった
結論から言うと、その瞬間は劇的な出来事ではありませんでした。
むしろ、いつもの一日の中の小さな場面でした。
子どもが学校に行けない日があって、家で過ごしていたとき。
予定は崩れているのに、家の中の空気が少し柔らかかった。
一緒にお茶を飲んで、ほんの少し笑えた。
そのとき、ふと思いました。
普通に戻すことだけが正解じゃない。
この瞬間が穏やかなら、それはそれで大事な一日だ、と。
「普通じゃなくていい」と思えたのは、諦めではありません。
いまの私たちの形を、いったん肯定できた瞬間でした。
なぜ楽になったのか:比べる対象が変わったから
普通を目指すと、比べる相手が増えます。
学校に行けている子、元気な家庭、ちゃんとしている親。
比べるほど、足りないものばかり数えてしまいます。
でも、その瞬間わたしは、比べる対象を変えました。
「他の家」ではなく、「昨日のうち」。
「理想」ではなく、「今日の体感」。
- 昨日より声を荒げずに済んだ
- 昨日より呼吸が深かった
- 昨日より安心できる時間があった
これが、生活が整う方向へ戻す見方になりました。
人生の本質は「普通」より「味わう」にあるのかもしれない
普通であることは、安心につながる面もあります。
ただ、普通であることだけが幸せではない、とも思います。
人生の本質は、予定通りに進むことだけではなく、
瞬間瞬間を大事にして、味わえることなのかもしれません。
- 子どもが少し笑った
- 静かな時間があった
- 今日は無理に急がなかった
こういう小さな瞬間が、生活を支えます。
わたしは、その積み重ねのほうが信頼できる気がしています。
「普通」を手放すための小さな手順
ここからは、今日からできる小さなやり方を置いておきます。
全部は無理でも、一つだけで十分です。
1)普通の基準を「外」から「内」に戻す
外の基準(みんな)ではなく、内の基準(わたしの体感)に戻します。
- 今日は何点だったか
- 今日は何が少し楽だったか
- 今日は何がつらかったか
点数は7割でいいです。
満点をやめるだけで、心が少し静かになります。
2)味わう瞬間を、10秒だけ増やす
忙しい日でも、10秒は作れます。
- お茶の香りを吸う
- 窓の光を眺める
- 子どもの声を一瞬だけ味わう
たった10秒でも、「いまここ」に戻る感覚があります。
3)言葉を置く
最後に、言葉を置きます。
考えが散らかる日に、戻るための言葉です。
- 普通じゃなくていい
- いまの形で一度いい
- 今日の安心を数える
言葉があると、比べる癖から戻りやすくなります。
まとめ:普通じゃなくていい、と思えた日は回復の入り口
「普通じゃなくていい」と思えた瞬間は、わたしにとって回復の入り口でした。
普通に戻すことだけが正解ではなく、今日の安心を大事にしていい。そう思えたからです。
最後に、今日の提案です。
- 比べる対象を「昨日の自分」に戻す
- 味わう瞬間を10秒だけ増やす
- 「普通じゃなくていい」と言葉を置く
今日は、この考えをここに置いておきます。