発達障害児の親として、不登校児の親として「わりきる」ということ

長女が完全不登校になって、次女も先週から不登校になりかけていて。
フリースクールを調べたり、学校との調整をしたり、次女の対応をしたり。
気づけば一日が終わっていて、夜にだけ「この先どうなるんだろう」が残ります。

そんな中で、クリニックの医師に言われた言葉があります。

「わりきることも必要です」
「わりきるのは見捨てることではない」
「お母さんはわりきるのは苦手だろうけど、今は『学校』『勉強』の言葉も使わないで、雑談だけに対応してあげて」

言われていることは分かる。
でも、納得できない。
時間がもったいない気がする。本人の将来が心配な気持ちが消えなくて、腑に落ちない。

今日は、その“腑に落ちない”をそのまま置いておきます。

目次

わりきるべきだと言われても、心が追いつかない

支援や医療の言葉には、正しさがあることが多いです。
でも、親の生活には現実がある。

今日を回すだけで精一杯で、
それでも「このままじゃまずい」と思ってしまう。
何もしないことが怖い。
動けない日があるだけで、置いていかれる気がする。

今のわたしは、
長女の完全不登校と、次女の不登校の入口が同時に来ていて、
「同時進行」が増えすぎて、心の余白がなくなっています。

だからこそ、医師の「わりきる」という言葉は、
救いのようでもあり、投げられたようでもありました。

わたしの悩み

  • 休ませた方がいいのは分かるけど、将来が怖い
  • 「待つ」が必要だと言われても、焦りが止まらない
  • 学校や支援の調整で疲れて、家庭の空気が荒れる
  • きょうだいの不調が重なると、親の電池が先に切れる
  • 「親の関わり方が悪いのでは」と自分を責める
  • 何が正解か分からないのに、決断だけ求められる

そして、いちばんしんどいのはこれかもしれません。

“何もしないこと”が、見捨てることみたいに感じてしまう。

「わりきる」を“諦め”ではなく“運用”として扱える

ゴールは、きれいに割り切れるようになることではありません。
次の状態に近づくことです。

  • 「わりきる=見捨てる」ではない、と頭の片隅に置ける
  • 焦りの中でも、今日やることを小さく決められる
  • 親の電池を使い切らない関わり方を選べる
  • 未来の不安と、今日の会話を切り分けられる

わりきるのは、見捨てることじゃない。でも腑に落ちない

医師の言葉は、おそらくこういうことだと思います。

「今は外側(学校・勉強)を動かそうとすると、本人の防衛が強くなる」
「親子の関係が“課題”で埋まると、余計に近づけなくなる」
「まずは安全な関係だけ残す」

理屈としては理解できます。
でも、わたしはそこに抵抗があります。

  • 雑談だけでいいって、本当にいいの?
  • その時間が“何も進んでいない時間”に見える
  • 将来の不安が消えない
  • 次女も不安定なのに、長女まで“放置”するみたいで怖い

わりきると決めた瞬間に、罪悪感が出てくる。
それが、わたしの中の現実です。

「学校」「勉強」を言わない時間は、何のための時間なのか

納得できない理由の一つは、目的が見えにくいからだと思います。
だから、わたしは目的を言い換えて置いておきます。

「学校の話をしない」は、投げるためじゃなくて、
関係を“安全な場所”に戻すための時間。

「雑談だけ」は、無駄じゃなくて、
会話の通路を塞がないための時間。

将来の不安は消えないけれど、
今日の会話が壊れると、もっと長くなる。
そういう意味での“わりきり”なのかもしれません。

わりきれない親ができる「中間案」

完全にわりきるのが無理なら、折衷案でもいいと思います。
わたしが現実的だと感じたのは、こういう形です。

1)話題を「学校」ではなく「体」に寄せる

  • 今日、体はどう?
  • 眠れた?
  • ごはん食べられた?
  • いましんどいのは何点?

学校の話を避けても、状態は確認できる。
これは“放置”とは違う。

2)未来の話は「予定」ではなく「希望」にする

  • いつか、どうなったら少し楽になりそう?
  • 今は無理でも、こうだったらいいなってある?

“今決める”から離れると、会話が続くことがあります。

3)親の中でだけ「裏ノート」を持つ

本人に言わない代わりに、親は記録する。
学校・支援・フリースクールの調べ物は、親の作業として裏で進める。

表(本人との会話)は安全に保つ。
裏(親の調整)は淡々と進める。
この分離が、わたしには必要でした。

いまのわたし:次女の入口に追われて、長女に優しくできない日がある

正直、次女の対応と学校の調整に追われていると、
長女のことまで丁寧に抱える余裕がなくなります。

「雑談だけでいい」と言われても、
雑談をするための余白がない日がある。

それでも、たぶん大事なのは、
“立派な会話”じゃなくて、通路を残すこと。

  • 同じ部屋にいられた
  • 目が合った
  • 一言返ってきた
  • 空気が荒れなかった

こういう小さな出来事を、失敗にしないで拾い直したいと思っています。

わりきるとは、未来を捨てることではなく、今日を壊さない選択かもしれない

わりきることに、わたしはまだ納得できていません。
でも、いま分かるのは、納得できないままでも“運用”はできるということです。

最後に、今日の最小の一歩を置きます。

  • 「学校」「勉強」の言葉を使わない時間を、10分だけ作る
  • 代わりに「体の確認」だけする
  • 親は裏で、調整のメモを1つだけ進める(全部やらない)

今日は、この記録をここに置いておきます。

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