長期連休が近づくと、わたしの中に小さな緊張が残ります。
楽しみより先に、「どう回す?」が浮かぶからです。
長女は反抗期。言葉が強くなる日がある。
次女は母子分離が難しく、離れるだけで不安が大きくなる。
その両方を、わたしが一人で受け止めなければならない時間が増える。
連休は、家族の時間が増えるぶん、わたしの余白が減る。
今日はそのことを、うまくまとめるためではなく、置いておくために書きます。
連休のしんどさは「予定」より「同時に来る」こと
平日は、学校という外枠がある分、家の中の波が少しだけ分散されます。
でも連休は、家が全部の受け皿になります。
反抗期の長女のぶつかり方と、次女の不安の張りつき方。
どちらも“困らせたい”わけではなく、本人なりの限界の出方なのだと思います。
ただ、同時に来ると、わたしの心は追いつかない。
追いつかないとき、わたしは「ちゃんとしなきゃ」の思考になってしまう。
その自分を追い詰める思考が、さらにしんどさを増やすことがあります。
よくある悩み(わたしの中にもあったもの)
- 連休が始まる前から、もう疲れている
- きょうだいがぶつかるたび、仲裁で心が削れる
- 予定を入れないと不安なのに、入れると崩れる
- 一人になれない時間が続き、呼吸が浅くなる
- 「母として」うまくできない自分を責めてしまう
ゴール:連休を“きれいに過ごす”ではなく、“戻れる形”にする
わたしが欲しいのは、完璧な連休ではなく崩れても戻れる形です。
- 予定が減っても、罪悪感に飲まれない
- 荒れた日があっても、「今日は途中」と言える
- 小さな余白を確保できる
- 家族の状態と自分の状態を、少し切り分けられる
わたしがやめたこと:連休を「正しく過ごす」発想
連休を正しく過ごそうとすると、ずっと採点になる。
外出できたか、仲良くできたか、丁寧に暮らせたか。
でも、採点が始まるほど、わたしは荒れやすくなりました。
だから、連休の目標を変えました。
「崩れない」ではなく、「戻れる」。
この言葉にしてから、少しだけ呼吸が深くなりました。
わたしが助かった工夫:見通しと小さな区切り
大きな計画は立てない。
その代わりに、1日をざっくり区切る。
- 午前:家で過ごす
- 午後:外に出るなら短く
- 夕方:休む
- 夜:早めに終わる
次女には、見通しがあると落ち着く日があります。
長女には、距離があると落ち着く日があります。
わたしには、区切りがあると耐えられる日があります。
全部を守れなくてもいい。
「今日はここまで」で終われることが、連休を支えてくれます。
連休の中で大事にしたいのは、瞬間の小さな回復
連休は、出来事が大きくなくても揺れます。
だから、回復も大きくなくていい。
- 10分だけ静かに座れた
- ひと呼吸おけた
- 今日は確認だけにできた
- 予定を増やさなかった
こういう瞬間を、わたしは数えたいと思いました。
それが「楽しむ」に戻るための土台になる気がするからです。
まとめ:連休は、途中にいる感覚を許す時間でもある
発達障害児と長期連休。
わたしは、いまも上手にできるわけではありません。
でも、崩れた日があっても、戻れる日が増えてきた。
それだけで、十分な変化だと思っています。
今日はこの記録を、ここに置いておきます。
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