長女を見ていると、時々不安になります。
「このままで大丈夫なんだろうか。」
そんなことを考える日は、今でもあります。
学校へ行けない日が続いたり、先の予定を立てるのが苦手だったり。
好きなことには夢中になれるのに、勉強や集団生活になると動けなくなる。
中学一年生になっても、「(一般的な)普通」のレールにはなかなか乗れません。
だから私は何度も考えました。
「もっと現実を見せた方がいいのかな。」
「もっと厳しくした方がいいのかな。」
「いつになったらしっかりするんだろう。」
でも最近、少しだけ考え方が変わってきました。
長女は、怠けているわけではありません。
何も考えていないわけでもありません。
ただ、人より少し現実との距離感が違うのだと思います。
先の見通しを立てること。
自分で決めること。
環境の変化についていくこと。
そういうことに、とても大きなエネルギーを使っています。
だから疲れると止まってしまう。
その姿を「頑張っていない」と見るのではなく、「今は力を使い切っている」と考えられるようになりました。
以前の私は、「普通」に近づけることばかり考えていました。
学校へ行けるようになること。
みんなと同じように生活できること。
それが将来につながると思っていたからです。
でも今は、少し違います。
長女を「普通」にすることではなく、
長女が長女のまま生きていける方法を増やすこと。
そのほうが大切なのではないかと思うようになりました。
長女は動画を作ることが好きです。
スマホやタブレットを使って、何時間でも集中していることがあります。
その姿を見ると、「好き」はちゃんとあるんだと安心します。
だから無理に学校だけをゴールにしなくてもいい。
福祉につながること。
在宅でできること。
短時間から始められる働き方。
創作や表現を続けられる環境。
そんな選択肢があってもいい。
社会には、一つだけではない道が少しずつ増えてきています。
もちろん、不安がなくなったわけではありません。
「私がいなくなったらどうするんだろう。」
「このまま大人になって大丈夫なんだろうか。」
そんな気持ちは、今でも何度も浮かびます。
でも、そのたびに思い出すようにしています。
比べる相手は、同じ年齢の子ではない。
昨日の長女です。
昨日より少し安心して過ごせたか。
好きなことに触れられたか。
親子で笑う時間があったか。
外とのつながりが、細くても切れずに残っているか。
今は、その積み重ねを大切にしたいと思っています。
「ふわふわしたままでは、生きていけない。」
以前の私は、そう思っていました。
でも今は少し違います。
ふわふわしたままでも、生きていくことはできる。
ただ、その子が安心して歩けるように、周りが少しずつ網を張っていくことが必要なのだと思います。
学校だけではなく、相談支援や福祉、安心できる大人、好きなことを続けられる場所。
そうした小さな支えが積み重なって、その子の「暮らし」になっていく。
だから私は今日も、「普通に戻す方法」ではなく、
この子が、この子らしいまま生きられる道を、一つずつ増やしていきたい。
そんなことを考えながら、長女を見ています。
今日のひとこと
「変えようとするより、その子が安心して生きられる土台を増やす。」
最近の私は、それが子育ての目標になりました。
